長崎旅行 15日目 瀬詰崎灯台〜大野木場小学校跡 2013.4.24 Part5
■DATA
撮り終わったけど、相変わらず誰も来ないし、出て来ない。
どうなってんだ(-_-メ)
またまた何度も、インターホンを押しまくり。
お土産屋さんから、店員さんが駆けつけて来ました。
中に居るんじゃなくて、お土産屋さんの人が担当しているの?
私が押した時に、接客でもしてて、気づかなかったのかな?
試食いっぱい食べさせてもらったから、許して上げよう( ̄∇ ̄|||)
ここは各200円の計400円。
なんで、わざわざ分けているんだろう?
少しでも、安く見せるため?
JAFカードがあると安くなるけど、元々の値段が200円と安いので、そんなに割引は無いですね。
各50円引きで、300円になりました。
まずは、火山学習館。
10分程のムービーを見るけど、ちょっとしたシアターになってますね。
DVD映像のプロジェクターなんだけど( ̄∇ ̄|||)
この映像は、本当にすごい。
外国の火山学社の夫婦の方が、世界各国の火山で撮って来たもの。
噴出するマグマのそばで、カメラを回していて、スクリーン越しでも迫力が伝わって来るから生で見たら、相当の物でしょうね。
防護服に身を包んでいたけど、一体、何度ぐらい有るんだろう?
マグマ自体は、1000度・・。
さすがに、それがかかろうものなら、防護服を着ててもアウトだと思うけど。
なんか嫌な予感がするけど、雲仙火砕流で、沢山の犠牲者が出て、確か外国の学者さんも犠牲になってなかったっけ?
あとカメラマンも・・。
最後まで見て行くと、やはりそうでした。
このお二人は、火砕流の研究のため、来日して雲仙へ・・。
合掌・・。
今度は、大火砕流体験館の方へ移動。
定時に上映かと思ったら、お客さんが来たら、その都度やるんですね。
その関係で、運が悪いと10分程度待たされるのでしょうが。
私は一人しか居ないけど、私のためだけに上映してもらいました。
各150円で、貸し切りだよ!( ̄∇ ̄|||)
大火砕流体験館の方は、なんと椅子が動く!
火砕流の振動と連動しているんですよ。
念のために、椅子の上にカメラを乗せない方がいいか聞いてみると、マッサージチェア程度に動く?ぐらいだから、大丈夫との事。
なんだ、地震体験車みたいなのを、想像してたんだけど( ̄∇ ̄|||)
念のために、カメラは下に置き鑑賞。
動くというより、重低音を感じる事が出来る椅子ですね。
まぁ、迫力があると言えば、感じられますが。
かなり本格的?
これにて、道の駅の観光?は終了。
これから被災した小学校跡に向かいます・・。
犠牲者を供養?
住民は避難してたから犠牲にならなかったものの・・
カーナビは古いけど、大野木場小学校は載ってますね。
あの災害は20年も経つから、当然か。
大野木場小学校は、被災して埋まった物の、犠牲者は出ていない。
ある意味、安心して見れますね( ̄∇ ̄|||)
最初の予定では、入ってなかったけど、気になっていたので組み入れた所。
どんなところなんだろう?
その代わり、道の駅から少し離れた資料館の方は、蹴りましたが・・。
これ以上の資料館はゴメンだ(汗
何にもないところ・・ 被災したから何にもない? それとも元々?
大野木場小学校は、変な所に有るから嫌なんですよね。
学校だから、国道沿いではなく、ただの市道沿い。
田舎に有るから、入り組んだ所に有って行きにくい。
iPhoneを見ながら行くつもりだっただけに、カーナビで行けるのは助かりましたよ。
どのみち、所々に標識が出ていたし、交通量の少ない所で、迷わずに行けたと思いますが。
要所に標識が出ている
■大野木場小学校
小学校跡と左に有るのが監視センター
古い校舎が見えて来た。
被災した学校というよりも、まるで原爆の被害を受けた様にも見えますね。
或は、軍艦島の古い校舎とか。
、、、古いってったって、20年しか経ってませんが(^^ゞ
駐車場有り この上にもあるみたい
隣の監視センターは、無料で入る事ができ、いくつか資料も展示しているみたい。
公開時間が限られているから、先に監視所に行って来よう。
緑が少ないね・・
営業案内
避難所も兼ねている! 閉店後は避難不可?!Σ( ̄□ ̄;)
そうは思った物の、小学校の迫力に、つい撮ってしまいますね。
一眼レフで撮るのは後にして、先に周りの物だけでも、デジカメで撮ろう。
砂場? もう緑化している( ̄∇ ̄|||)
遊具も、当時のまま置いてあるけど、もう錆まくり。
鉄棒が残っていただけで、殆どが遊べなくなっている。
火砕流に直撃は受けず、暖かい風に吹かれただけで・・
そういえば、プールと体育館無かった様な・・ 駐車場の反対側だから見に行ってない
学校自体も、埋まった訳ではなくて、燃えた?だけみたいですね。
さっきの被災家屋の様に、埋まっているのを想像して来たのですが。
あれから21年の月日が・・ リセットされる日はくるのか?
復活した、いちょうの木
校舎自体が殆ど2F建てだし、運動場も小さい。
この辺りは、人口が少ないのでしょうか?
ねこちゃ村の小学校は、同じ田舎なのに、もっと大きい。
土地柄なのかな?
ブランコできないよ(>_<)
温室があったらしい 小さいね
タイヤは溶けずに無事?!
■大野木場監視所(砂防未来館)
フロア案内 普通に地上から入ったのに、ここは地下1F( ̄∇ ̄|||)
監視センターに入ります。
見学者も監視されている?!
地下には見えないよなあ・・
ちなみに、もし今ここで普賢岳が噴火したら、ここに逃げ込めばいいそうです。
地震でも津波でも噴火でも、何でもかかってきなさい!
ここは地階も含めて4フロア。
下から順番に見て行くか。
■B1F
バネルがあるのみ
最初に入った所が1Fだと思っていたのですが、ここが地下1F。
ええ?
地上から入ったのに、地下なの?!Σ( ̄□ ̄;)
ここには図書コーナー、映像コーナー、管理者室があり、展示は少しだけ。
映像コーナーも無料で見れるのですが、時間の関係で見れませんでした。
あーあ(>_<)
言えば、見れたの?
こちらがシアター
図書コーナー ちなみに帰る時に撮影 閉店5分前ぐらいだったっけ(汗
展示は、殆どが説明パネルだけ。
あ〜、写真がいっぱいになるし、説明も大変!
1F、3Fがまだあるけど、重なっている部分も多いし、さっきの道の駅とも重複するので、端折って説明しますね(汗
400年の長い年月とはいえ、30万人も死んでいる?! 世界で?日本で?
暢気に?カメラ構えててるけど、いつこっちに火砕流が来るか分からないからね(汗
黄色い丸が民家 映画のCGではなく、これ本当にあったことだから・・
普通の資料館、博物館と違って、素人?が作ったものだからか、分かりにくい。
、、本来の業務は、土石流の監視ですからね。
それを指摘するのは、酷でしょうが( ̄∇ ̄|||)
犠牲となった消防団の人達が居た所・・ 元団員としてご冥福を・・
順番にテーマを絞って、説明してあると分かりやすいけど、あれもこれもと無分別に資料を出されても分かりにくいし、相手に伝わりにくい。
、、、ちゃんと、仕事できているのかな?
プレゼンとか、上司に報告とかないのかな?(汗
被災後の学校 なぜモノクロ?
だいたいあるのは、災害時の様子。
時系列に並べてあります。
こりゃ悲惨だ・・ よく復興したね
噴火前、噴火中、噴火後。
火砕流が有った時は、新聞、TVで大体的に取り上げられていたので、強く記憶に残っているけど、その後の事とかは報道されてないので、
覚えてなかったですが、長期の避難生活を余儀なくされたみたい・・。
大変だ・・。
これが、避難所生活 雲仙以来、よくTVに出る様に・・
岐阜は幸い、災害が無い。
はるか昔に伊勢湾台風と、地震があった程度。
、、程度と軽く言ったけど、大勢の犠牲者が出ているけど( ̄∇ ̄|||)
貴重な写真も これが被災した小学校の内部
幸い、今まで避難もないし、仮設住宅も見た事が無い。
その点だけは、いい所に住んでいるなと実感しますね。
特に最近、大きな地震が日本各地で起こっているのを、目の当たりにすると・・。
保存のための工事もしているんだね
隣にある、被災した小学校の説明も有りました。
これは、興味深い。
運がいい教室だね 殆どが燃えてしまったのに
外観は見れるけど、内部の様子も分からないし、生徒や先生でなければ、校舎の見取り図も分かりません。
これを見れば、どんな感じだったのが、よく分かりますね。
殆どが、こんな状態・・
お墓かと思ったら、基礎だったのか( ̄∇ ̄|||) よくあるよね、小学校が出来る前は墓地だったって話